首乳房どこから線を引きますか
いよいよ師走・・・。
今年こそ会いましょうねといっていた人と、今年は4人会えた。
人と人の見えない線が、どんどん離れていったり、交わってバッテンになったり・・・重なったり、結ばれたり・・・十二月は、今年の線を振り返る。
いよいよ師走・・・。
今年こそ会いましょうねといっていた人と、今年は4人会えた。
人と人の見えない線が、どんどん離れていったり、交わってバッテンになったり・・・重なったり、結ばれたり・・・十二月は、今年の線を振り返る。
幼稚園のとき、保育後に園の教室で開かれているお絵かき教室に通った。
おじいちゃんの先生は、最初の授業(?)で、まずクレヨンを二つに折りなさいと言った。私は、美しく並ぶクレヨンを絶対に折りたくなくて、泣きそうになりながらぽきんぽきんと折った。
次に、円を12分割した図の描かれた画用紙が配られて、順に言う色をぬりなさいと言った。「赤、だいだい、黄色・・・」
ショートケーキのような形のひとつを、赤で塗りつぶしているうちに次の色が分からなくなって、私は泣き出してしまった。
となりの席の男の子が、「先生が言った色を少しずつぬっとくといいんだよ」とやさしく教えてくれた。・・・それまで知らなかった「好き」を、はじめて知った。
その後のお絵かき教室の記憶がないのはなぜなのだろう?
ただ、クレヨンの箱を開くたびに、折れたクレヨンがいつもかなしくて胸がきゅんとなったことは覚えている。白いクレヨンは折れたままで、雲にも雪にも翼にもなれず少しずつ汚れていった。
お湯の匂いを嗅いで、ふいに昔の魔法瓶を思い出した。
嘴のような注ぎ口、のぞくときらきらで私も背景もぐにゃりと映す。
生死の定かでない水を抱いている魔法瓶は、まるで宇宙のよう。
深くかかわりあった人と別れるのは容易なことではない。ましてや弱い状況の相手と、決別をするのは・・・。
情に流され翻弄される友人に、経験者の友人は言った。
「あなたの優しさは、何も前進させない。私は、すべての悪を引き受ける覚悟で別れた。要は目の前で夫が自殺しても、出てゆく覚悟があるかどうかよ」
覚悟というのは、自分を斬ることなのだと身震いした。
句会の合評に出した句。
「わかるわ~。たとえば『ゴキブリほいほい』・・・」と素敵な読みをしてくれた人がいた。
最近は、句集や詩集、エッセイのように、どこからでも読める本を読むことが多い。一句、一首、あるいは一遍の文章を読んで、目を閉じてしばしその世界に遊ぶ。迷いに迷って出られなくのもまたたのしい。
シンガーは確かにユダヤを書いた。・・・とはいえ、その作品は、閉じられたものではない。むしろ開かれている。こんなにも特殊を描いたように見えて、なぜ深くから開かれているのだろうか。・・・宿命的な流れに繋がるその小説には、重さと明るさがある。いつ、どこを読んでも。(「秘密のおこない」蜂飼耳 ラビのなやみ)
先日、詠んだ自句と「重さとあかるさ」が同じだったので、どきりとした。
先週の小春日、丹波篠山に出かけた。まだ吊るされたばかりの干し柿が、軒にぶらさがっていた。時が経てば、どんどん甘くなる、まさに“ふるさと”。
実のなる木で、いちばんなじみのあるのは、柿。暮らすところによっては、みかんや林檎だったりするのだろう。
木や花や石や月・・・もの言わぬものは、こころを映すのだなぁ・・・としみじみ。自然の中で育った昔の子どもたちが、情緒豊かだったのがわかる気がする。
TVは唯一「風のガーデン」を観ている。
観終わるといつもしんみりしてしまう。
咳をしてもひとり
尾崎方哉の句に流れる覚悟のようなものを、緒形拳の演技に感じる。どうしようもなく心に残る。
冷たくて冷たくて早く家に帰りたいような、どこかだだっ広い場所に行きたいような・・・ふらふらと明らかに挙動不審な自転車・・・。突然、牛乳なおしたかな?と気になって帰宅。そうだ、今朝なくなったんだった。
思い直してちいさなお鍋を買いに出た。気に入って値段も手ごろなものがなかなか見つからず、4軒めでやっと白いホーローに木の取っ手のお鍋を購入。明日の朝、ゆで卵をつくるのがたのしみ。
朝は、たいていパンとゆで卵とレタスとコーヒー。ゆで卵がつるんとむけたら無難な日。ぼこぼこさんになったら、要注意日。朝一番のゆで卵占い。
ボサノバのクリスマスCDを買ってみた。やさしくていい感じ・・・。
「ねぇ、これよくない?」って、いつも隣り座ってた人に言いそうになって、あ・・・、いないんだった・・・。
CDは、「Presente de natai」naomi&goro
ふるさとだと言える場所を持っていない。目を閉じて故郷を思い描くと、それは「青い空」だった。
誰の故郷にも空があり、川があり、山があり、海がある。心の琴線に触れてこぼれる涙には、ふるさとの青が溶けている気がする。
久しぶりに句会に参加。ひとつの題に対する、多様な句も刺激的だけれど、終わってからの懇親宴での話がとても興味深かった。
作句姿勢、作句方法、川柳作家として成長に必要なこと、句集・・・などなど。とにかく、いっぱい迷いながらつづけていこうと思った。ありがたい時間だった。
「小説や他の文芸で(創作活動に)悩んで死んだ人はいるけど、川柳で死んだ人はいない、これは文芸としてなんなんだ!」と言った人がいた。それに対して「過去には、死にたいと思った人はいたと思いますよ」と答えた方もいた。・・・新子先生が川柳は私の命と言われたことを思い出していた。
今日の題に「家族」があった。家族ってなに?家族ってなんだろう?・・・答えが出ないままだった。タイトル句はボツ句。抜けた句は・・・
家族控え室に通されて家族
目ざめてもすくっと起き上がれないくらい疲れている。特に足。
なのに朝方、夢の中でソーシャルダンスのレッスンを受けていた。ペアの白髪の素敵な紳士は、よく見ると児玉清さんでうっとり・・・。・・・ちゃんと休めよ、わたし。
それにしても寒いじゃありませんか!出先からの帰り、あまりの寒さにユニクロでダウンを買ってしまった。
のぞいてはいけない約束を破るとみんな失う・・・幼いころに何度も読んだ昔話の影響か?「誰も見てないと思っていても、お天道様が見てるのよ!」親から口ずっぱく言われたせいか?・・・私はこの種のいいつけや約束を破れない・・・。
「くねる」お申し込みいただき、ありがとうございます。
懐かしい方やら、はじめましての方・・・とてもうれしいです。
順次、発送いたしますので、しばしお待ちくださいませ。
日ごろは、ナチュラルといえば聞こえはいいけれど、要はほったらかしの眉をすこし整えました。剃る間、なぜか息が止まって、苦しかったです。
川柳仲間4人で、ちいさな冊子をつくりました。夕べはその打ち上げでした。
一年ほど前、飲み会で意気投合して何かつくろうよって話になったとき、川柳というと個人句集か、結社の会報誌しかないので、軽~い雑誌のような読み物があってもいいかな?と思いました。
何しろはじめてのことで、すべて手作り・・・失敗も多くもっさりした冊子ですが、なんとか形になりました。句会とは別に、チームで川柳をたのしめたのも発見でした。
タイトルは「くねる」。川柳はもちろん、一句からドラマを連想して句を詠んだり、くねる男やくねるもの、くねる店の紹介などなど・・・さらさら読めるお茶漬けのような冊子です。
読んでみたいな?と思われる方は、kunerist@yahoo.co.jpに、お名前、ご住所、お電話番号をご記入のうえ、お申し込みください。(冊子代と送料で320円分切手を後ほどお送りください)
置いていただいているお店もあります。*クロスロードカフェ(阪急・JR「伊丹」) *アートスペース海月文庫(御堂筋線「西中島南方」、阪急「南方」) *THE OLD ENGLAND(阪急・JR「三宮」)
夕べは、2号の話で盛り上がりました。・・・くねるお悩み相談室・・・くねる選択(最初のおんなか最後のおんなか)・・・くねるはなし(笑いくねる・泣きくねる)・・・・・・。
澄んで空に還る水のような気持ちで、また最初から2号をつくります。
桐ちゃんの誕生日は初雪だったよと手紙が届く。
もう冬なんだね・・・。
こちらも夜は、冬につづく秋を感じています。
冬を越すために、やさしいことばを拾い集めているところです。
なんとなく、その月の鏡を考えるこのごろ・・・。
一年のうちで、十一月にいちばん美しくなる鏡は、足元だけを映す靴屋さんの鏡・・・な気がした。
今夜は、自分より、もっと深い世界に生きている人々と話せた。この前、瀬戸内の海面近くでふわふわしていた海月と、私はいっしょだと思った。深海をなんにも知らない・・・。出逢うって、すごいこと。
最近のコメント