踏んだかもしれない 足跡濡れている
この句について、足跡が濡れているなんてよくあることだから平凡・・・と言われた。例えば、血がついているとか言わないとドキッとしない・・・と。
そこで、「踏んだかもしれない 足跡が赤い」というのも考えてみたけれど、どうも濡れているが捨てきれない。私の中では闇の中で、濡れているのが水なのか血なのか分からない怖さなのだ・・・。(わかるかい!)
この句について、足跡が濡れているなんてよくあることだから平凡・・・と言われた。例えば、血がついているとか言わないとドキッとしない・・・と。
そこで、「踏んだかもしれない 足跡が赤い」というのも考えてみたけれど、どうも濡れているが捨てきれない。私の中では闇の中で、濡れているのが水なのか血なのか分からない怖さなのだ・・・。(わかるかい!)
天宇受売命(あめのうずめのみこと)が海の魚を集め、「天つ神の御子に従うか?」と訊いた。魚たちは皆「従う」と答えたのに、なまこだけは黙殺した。怒った天宇受売命は「この口は答えぬ口か」と紐小刀でなまこの口を切り裂いた。以来なまこの口は裂けている。・・・のだそうです。
意外と骨のあるヤツのようです。
大好物です。なまこ。
それにしても、女神様、こわっ!
昨日、「川柳 凛」という会の、十周年記念句会に出席。同人に知り合いがいるわけでもなく、どういう流れの川柳の会かも知らず・・・。
川柳と懸命に向き合う方々のお話、すばらしい句の数々。川柳に対する姿勢を見つめ直し、また、自身の句に足りないものが鮮明に見えて、得るものの多い句会でした。
停滞していた川柳がようやく流れはじめる気がしています。昨日の出会いに、感謝です。
久しぶりにプリンターを使おうとして、机の隅にポケモンのポチ袋を発見。こんなのあったっけ?と裏返すと。
長い間お世話になりました。
電気代の足しにしてください。
身体に気をつけてね。
母だ・・・。
「旅行ありがとう」じゃなくて、「電気代の足し」・・・。家でそんなことを言われているのかな・・・?
折りたたまれたお札を、何度も手のひらで伸ばしてみたけれど、背を丸めるようにまるまってしまった。
先日の句会、お題「とろとろ」の句。
Y子ちゃんが、桐子は絶対にとろとろになんかならない!って。人をゲソみたいに!
じゃあどうして聞き出すのさ。
・・・殴る蹴るのボコボコ。
そんなことで、あたしゃ口を割らないよ。やっぱりとろとろよ、とろとろ・・・。
・・・別に聞きたいこともないけど。
ないんかい!
帰るべき場所に帰っていった。
私の出かけるのに合わせていっしょに家を出て、途中で分かれた。
後姿を見るのが嫌だったので、振り向かなかった。
雪の降り止んだあとの、明るさとさみしさと静けさと・・・。
何気ない仕草に、微妙な変化を感じてしまうことがある。相手が感じているということを、感じてしまうこともある。
お互いにだいたい分かっていることは、いいにつけ、悪いにつけ安心感がある。
まったく感じさせずに、えぇ~っ!という行動に出られると、その後とてもぎこちなくなってしまう。かなり(娘に近いくらいの)年下の人にたまにある。ジェネレーションギャップというやつかなぁ?
実は、今日のある句会で兼題のなかの一つが「答」だった。タイトル句は、例によってボツ句。
夕べ10時ごろに、いっしょに参加するM子さんから、ねぇ兼題は「苔」じゃなくて「答」だよね?とメール。夜になったら細かい字が読めないんだ・・と笑った。
でも、句会も終わってから、二つの字がよく似ていておもしろいなぁ・・・と思って。
ひっそりと苔は答を抱いている な~んて詠んでみたり。漢字ならではのおもしろさもある。
動物園に連れてこられた動物たちには、忘れようとした痕がある。
ここで生まれた子どもたちにはない。
忘れよう忘れようとしているうちは、忘れられない。
忘れてしまっても、やっぱり深いところで自分の一部になっている。
・・・そんなことをおもいながら、まだこころが動物園の中にいるような日々。
久しぶりに吟行に参加。
冬の動物園はひときわかなしかった。
中でも、ぐるぐる回ってきては目を合わせる象がもの言いたげで、白い目やにをつけたその目が忘れられない。
そんな中、台の上に無造作に展示された動物の頭蓋骨ののんきなこと。口は閉じているのにすかすかで、あくびをしているような、笑っているような・・・。
いずれはみんなそうなるのだ・・・と、妙に安堵した。
子どものころの思い出は、ところどころ色が強烈に残っている。
中でも忘れられないのは、5~6歳の頃の縁側。
小さな花壇には朱色のサルビアが咲いていた。
日当たりのいい縁側で、妹と遊んでいた。
妹が「いいこと教えてあげる・・・」と、小声でささやいたその瞬間、
すべての色がなくなって、モノクロの世界になった。
あとから記憶をつくりあげたのかもしれない。
けれど、あまりにも鮮明な記憶。
冬の夜の臙脂色のオーバー、初潮・・・
赤の記憶は、かなしいものが多すぎる。
北のほうへ出かけていました。
一夜明けると、私の棘も角も・・・
村ごと雪にまあるくくるまれていました。
雪の村は、気持ちを沈め、
詩や物語は、北の国で生まれるのだと思いました。
鍋の中、みんなふにゃふにゃと輪郭をなくしていく。
どこまでが自分で、どこからが相手なのか・・・。
鍋に飛び込みそびれた葛きり一本。
透明になりたい?
いいえ、私は私・・・このままでいいのです。
宿の、糊のきいたシーツはあまり好きでない。
ひんやりと馴染まないまま朝を迎える。
かといって、くたくたのシーツも馴れ馴れしくて困る。
どっちやねん・・・どこでも眠れるくせに・・・。
私にとって、“きれい”というのはあまり魅力的な要素ではない。
儚げとか、多少の毒気がある方にむしろ惹かれる。
けれど、触れて感じる、好きになることもある。
桜はそのつめたさに、薔薇はやわらかさに触れて、親しみを感じた。
新年おめでとうございます。
何を隠そう、わたくし年女でございます。
この牛ときたら、かなしい出来事を反芻するセンチメンタル種らしいのです。
そこで、「うれしかったこと、たのしかったことを反芻する」という新年の目標を掲げました。
小さな花や淡い虹を見落とさないように、ゆっくり歩みたいと思います。
今年もどうぞよろしくお願いします。
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