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2009年4月

公園のさくらは昏れて すすり泣く

朝の仕度のBGMを選んでいたら、懐かしいMDが出てきた。
浜松のタクシー運転手さんの「My best サザン」(この話はあした詳しく・・・)。歯みがきしながら聞いていて、桑田佳祐が川柳詠んだらおもしろいだろうなと思った。
もっと川柳な作詞家は誰かな・・・誰かな・・・。
・・・陽水だ! 井上陽水・・・名前も雅号ぽいし。
 
 ♪開けドアー 今はもう 流れ出たらアジア  (アジアの純真)
 
 ♪あなたライオン金色の服 その日暮らし風に追われて
  あなたライオン 私はあなたを 愛してとまどうペリカン 
                            (とまどうペリカン)

 ♪積み荷もなく行くあの船は 海に沈む途中
  港に住む人々に 深い闇を想わせて
  間に合えば 夏の夜の最後に 
  遅れたら 昨日までの想い出に (積み荷のない船)

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ひと匙の苦痛を添えてできあがる

うすら寒いこのごろです。
冬の寒さとは違うんですよね。
浮かれるなよと、戒められているような・・・。
春も、ひねくれたとこあるね。

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葉桜を待ってわたしのものにする

一年とすこし経ったくらげ句会。
今日は、自分の気持ちを素直に詠むということと、川柳としての出来栄えで白熱。
  飛んでゆき帰らぬままもさびしいし
この句に対し、
・飛んで行った、帰らない、さびしいでは、そうだねで終わってしまう。帰ってこないのもいいとかでないと、川柳的には物足りない。
・その逆発想自体が川柳の定型で、定型にはめる必要はない。
・相田みつを的一読明快と短詩文芸の違いはそのあたりにあって、読み手の想像や想いを差し込む余地を残す、そこのハードルが高いのだろう。・・・など。

また、路地裏を詠った句では、「路地裏」ということばから読み手がどんな路地裏をイメージするのか分からなくて、こわくて使えないといった意見も。

17音字にこころをのせた一年から、こころを打つ、こころに響く、こころに残る17音字の二年目に突入。もう、お遊び句会なんて言いません。

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水底の自動ピアノも激しいか

昨日と今日は伊丹の素敵なイベント、クラフト&アートマルシェ(青空市場)だったのに、あいにくのお天気・・・なんてことでしょう。

夕暮れからのフォルクローレコンサートも、寒くて寒くてまさにアンデスの山で聞いているよう・・・。なつかしい寒さ。

荒木スミレさんと木村佐和子さんのダンスパフォーマンスは、つめたく湿った闇のなかで足から膝・・・腰・・・胸と、次第に水に浸かっていくようだった。
波音は、水底の自動ピアノが奏でているかのようになめらか。すべてのお祭りがおわったあと、水のもっと底から吹き上がってきた火のエネルギーに煽られるように、激しくなった波音を聴いた。

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ことばよりここは餃子をこねている

聞きたいことも、話したいこともあった。
何も言わずに「餃子作っとくからね」とだけ言った。
私の餃子の隠し味は、白みそと一味。
やんわりぴりっと・・・伝わったかなぁ?

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ねむそうに庶務課のくらげハンコ押す

あちらこちらで、くらげの生息を確認する。
お役所というところも、くらげには好ましい環境のひとつらしい。こちらのくらげは、攻撃性はあまりないようだ。

スーパーでは、関心の赴くままに、ふにゅっふにゅっと急な方向転換をするくらげを発見。接近したときにお尻がぶつかって、「ちっ」と舌打ちされてしまった。どう考えても、くらげの方の無理な割り込みだったのに・・・。

ふわふわとしていても、触れたら刺すくらげもいるから注意せねば・・・。
くらげでもう少しいい句を詠みたいのだけれど・・・。発想の足しにと、刺身こんにゃくを食べてみたが、今のところ効果はない。

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また傘を忘れて帰れないくらげ

ひゃぁ、「ウコンの湯」だった。

昨日、本を鞄に入れ忘れたので、駅の書店で平積みされていた「にょっ記」穂村弘を買った。
「うこん」にかなりの文字数が費やされていた。「うこん」を見る度に、どきっとするのは自分だけではあるまい。みんな、どきっとしているはずだ。そこで、いっそそのものズバリに改名してはどうかと、大変画期的な提案までされていた。
私も何度もどきっとした。駅で「ウコンの力」を見るたび、分かっているのにどきっとして、自分は相当下品なのではないかと案じていたので、長年の疑惑が晴れた気分だった。

そして温泉に行ったら、日替わりの湯が「ウコン」だった。私は、ウコンの湯に身を浸し、近づいてくる人が「本日の湯は、ウコンの湯」という表示を見て、どきっとしていないか観察した。・・・誰一人、動じてはいなかった。いい間違えたふりをして、ふざける子どもさえいなかった。いやそれでも、ちらっとは思い浮かべたはずだ。あの穂村さんも、どきっとするのだから。

しかし、「にょっ記」電車の往復1時間で読めてしまった。おもしろかったけれど、1時間520円か・・・。もっと高かったのは、小山薫堂「恋する日本語」。梅田から塚口の20分で520円だった。時間ではかるのは間違っているのだろうけれど、高い。
えっ~?くねるが5分200円・・・飲み込まないで、どうかよく噛んでくださいませ・・・。

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さみしさにゆっくり欠けてゆく海月

友だちのおばあちゃんが、とてもさみしい思いをしている。
いつもやさしい笑顔のおばあちゃんを思うだけで、私まで泣きそうになる。
どうしてそんなことになるのだろう・・・。
いくら私が思っても仕方のないことだけど・・・。

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どうしたらやさしくなれるきゅうりもみ

私の子どもの頃は、まだ洟をたらしている子がいた。ゆうこちゃんもその一人で、いつも青洟をたらんとたらして、ときどき右袖でごしごし拭くので、袖口がテカテカに光っていた。
小中高といっしょだったが、ゆうこちゃんというと青洟しか思い浮かばないくらい、印象も薄かった。
高校の卒業間近、同居してた祖母が入院。ゆうこちゃんのおばあちゃんと同じ部屋だった。学校の帰りにすこし回り道をすればいいその病院に、私はほとんど行かなかった。母と祖母(姑)は仲がよくなかったので、気遣いもあった。
ある日、祖母のお見舞いに行くと、ゆうこちゃんが来ていた。おばあちゃんに何かを食べさせて、口を拭いてあげている。二人は、しきりにおしゃべりして笑いあっていた。
いびつに成長してきた自分に気付き、恥ずかしかった。

今日街で、ゆうこちゃんの笑顔を思い出させる人を見かけた。・・・何かに似ていると思ったら、そうだ、お地蔵さんのよう・・・。私はいびつなままに、ぶつかって転がって、少しは角が磨り減ってきたかなぁ。

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今夜だけクローゼットに隠す風

ほら、音を立てないで。じっとしてね。
もう一度、あの桜に会いたかったの?
でもね、桜は忘れるために散ったんだと思うよ。
・・・覚えているかしらね。

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言い過ぎて複雑骨折したクラゲ

句集というのは、ある意味こわいなぁと思う。一句、一句では、見えてこない、作者そのものが立ち上がる。
ある俳人の句集を読んだとき、ざらっとした気持ちの悪さが残った。私は特別な人間なのだ・・・作者の選民意識が感じられた。

暗くても明るくても、重くても軽くても、読後のフィット感、気持ちよさを感じる句集は、何度も開くことになる。その人の句が好きから、作家のファンになる。

新家完司川柳集(五) 「平成二十年」を知人が送ってくれた。
 
 観覧車ひとまわりしてまだこの世
 仔犬ころころそうかこの世は楽しいか
 ゴミになるものを掴んで帰り着く
 ごいっしょにうたいましょうとさくさくら
 この世という袋 あの世という袋
 憎しみは憎しみ蛇は蛇を産む
 靴の底だんだん減って僕の顔
 大きな木にんげんなどは見ていない
 セイタカアワダチソウ長い名前がまず不快
 どんぐりのまま老人になっちゃった
 夕べ咲いたばかりの白いブラウス
 本当のことを書けよと雪が降る

ファンになりました。新家完司さん。
いいなぁ・・・。喜怒哀楽をひょうひょうとしっかり受け止めて。

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神も棲む木造モルタル二階建て

「くねる」と同時期に、歌人、今橋愛さん、雪舟えまさんの2人が、一年だけの同人誌「Snell(すねる)」を発行するというので申し込んだ。
こちらは、すでに4号・・・どんどんおもしろくなっていく。短歌以外に、小説、エッセイ、日記、・・・と、実に多才。中でも、今号のえまさんの俳句に惹かれた。

 月経の上に眠って冬終わる
 出会うものをすきになりたい犬ふぐり
 踏切をわたる足首噛まれそう
 われわれは出来上がりません春の泥
 吉方位南西とあり夫を抱く
 サードオピニオン加湿器抱きしめる
 とうきょうの雪はあて名を滲ませる
 シベリアは母の寝室のあだ名なり

(「Snell」 Vol.4  Snell発行所)

みずみずしい感性だなぁ・・・。
「くねる」もがんばらねば・・・。次は若々しく「はねる」・・・重厚に「うねる」・・・いっそ「ごねる」・・・(タイトルちゃうやろ!)

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猫の尾も夜の深さにふれている

お姉さんと梅田でデート。お姉さんの案内で、インド料理~デパート屋上の芝生広場~写真展~ホテルのティールーム~書店のフェアと、たのしいことづくめの半日。

特に、日ごろ縁のない写真展。松本コウシ「泳ぐ夜」は、よかった。
あんなに奥行きを感じる写真は、はじめて見た。夜の奥へ奥へと、流れされていくような、吸い込まれていくような・・・そんな引力を持つ写真。

人の写真はどれもさみしくて、のら猫はふてぶてしく堂々としていた。おまえたちの知らないことも、みんな知ってんだよ、と言っているようだった。

川柳でも、全部言ってしまっている分かりやすい作品は物足りない。まったく分からないのもつまらない。受け手に委ねられる、ぼやけた部分のあるものがおもしろい。委ねられた部分に、自分を発見するからか・・・そんなことを感じた写真展だった。
あ、今日が最終日でした。

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覗かれているからマハのポーズなど

トマトクリームソースのパスタが無性に食べたくなって、子どもみたいに「トマトクリーム、トマトクリーム・・・」と言っていたら、友人が「とまと座」を紹介してくれた。
JR元町から山側に7分くらい。路地裏の小さななつかしい食堂風のお店。
何が何でもトマトクリームソースだったのに、『限定数』という文字に釘付けになる。なになに「やわらかローストビーフと半熟卵とほうれんそうの焦がし醤油がけ」・・・めずらしいもんに弱い体質なのだ・・・。いやいや今日は、トマトクリームソースなんでしょ!と、店員さんを呼ぶ。
なぜか口が勝手に「ローストビーフ・・・」をオーダー。ビールも。サラダとパンも。店に着いたときから、からだが“当たり!”を感じて浮かれているようだ。まったくなんて単純なんだ。
ほんとうに当たり!だった。焦がし醤油は、白ゴマの香ばしい香りにゆず果汁を好みでかけて食べる。おいし~!!サラダってレタスだけど、ゆず風味のドレッシングも、もっちりむっちりと軽い白パンも、もちろんエビスの瓶ビールも、みんなおいし~!で、安い!(パスタ900円、サラダとパン180円、ビール450円=1,530円)
唯一の難点は、店内禁煙じゃなかった。食事の終わりがけに、隣の席に来たカップルの男性の紫煙に余韻はからめとられてしまった。
でも、また行きたいな・・・今度こそトマトクリームソース。

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映したい人あり澄んだ沼になる

のぞき込んでくれまいか・・・
水を掬ってくれまいか・・・

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いもうとがとおくでわらう さくらちる

さくらのあるうちに、妹におめでとうの電話を・・・
と思いながら、まだできずにいる。

夕べは近くのお姉さんたちと、近くの児童公園でお花見。
もし我が身に一大事が起こったら・・・、
近くのお姉さんたちに相談するだろうなぁ。
妹にも、そんなこころの姉や妹が近くにいるのだろうな・・・。

この前うちに来た人が、
「たまたまこの人が親だったというだけ・・・」
というようなことを言っていた。
たまたまの肉親と、たまたまの他人と。
たまたま近づいたり、たまたま離れたり・・・。
たくさんのたまたまに、感謝・・・。

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さくらさくさよならされる紙芝居

どうしてもことばが見つからず、
ソメイヨシノを手紙に入れて送ったことがあった。
卒園式の朝、娘はさくらの下で転んで泣いた。
桜の名所で屋台のおでんを食べた人とは、
その後ぷつりと会えなくなった。

桜の下で、浮かんでは消えるあれこれ・・・。

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輪郭を崩してしまうまで撫でる

春風が、さくらをさやさやと撫でる。
身をまかせ、はらはらと揺れるさくら。
いつしか揺れは自分の揺れになり、
陶酔のうちに輪郭を失ってゆく。
さくらは、さくらであることも忘れて。

さくらが風をほしがっている。

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何度でもわたし私に騙される

最近、出かけるときに伊丹駅から、新伊丹、稲野、塚口と、3駅分を歩くようにしている。ちょうど30分。
脂肪の燃焼にはちょっと足りないので、先日もうひと駅と武庫之荘まで歩いた。3駅は線路沿いにひたすらまっすぐなので分かりよいが、武庫之荘は、そこから90°の方向で線路沿いの道は途切れ途切れになる。耳を頼りに、線路から離れないように歩いて、無事着いた。早足で50分だった。
だいたいの方向がつかめたので、今朝は伊丹から直線で武庫之荘を目指す。甘い花の香、焼き立てパンの匂い・・・鼻を頼りに45°の方向にずんずん歩く。小学校の桜、街路樹の桜、よそのお家の桜・・・さくら色の豚になって、鼻から歩く。
そろそろ50分、近づいてきたはずだ。おぉ踏切・・・駅は近いぞ・・・あった~!ん???稲野駅?なんで戻ってるの??

人生って、はじめてのおつかいみたい・・・。方向音痴で、カンの悪いわたしは、迷っては道草ばかっり食ってあそんでる・・・ぶひひひ。

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しんしんとつめたい息を吐くさくら

本日は、京都「草原」句会へ。句会終了後、二条城の夜桜を見に行った。
ほんとうに美しいけれど、京都の桜は、計算しつくされた感じがちょっと鼻につく。
夜の桜は、こわい。たましいを吸い取られそう。

句会の題も「さくら」だった。
樹齢200年になっても、少女のような花を咲かせる桜。
 首じっと見ないで さくら 森光子
 

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なんとまあおじいさんから芽が出てる

今日は、「無鄰庵」へ吟行。インクラインの桜は今が盛り。3年分くらいの桜を見て、京都の春を満喫した。

吟行は、出句無制限。いつも1時間半ほどで、多い人は50句、60句と詠む。私は、今日やっと18句。
それからの選句がまたたいへんなことで、500余りの句から、たった10句を選ぶ。読み返す時間はないので、一読で判断していく。
普段の川柳とは、まったく違う筋肉を使うような感じ。

おまけに今日は、参加者が少なく時間があまったということで、席題まで出た。20分で3題。さらに5分で1題。タイトル句はその中のひとつ、「芽」の句。
追い詰められて、苦しまぎれの出まかせのような一句。選者になってしまい、自分の句として披露するはめになった・・・。笑っていただけました。

おじいさんも芽吹くし、花も咲くんですよ~!艶やかなんですよ~。

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いまも好きなんてびしょ濡れのさくら

駅のホームで、おじいさんの隣に並んだ。
・・・しかた~がないんだきみのぉたぁめ~
おじいさん、歌っている。
・・・つめた~いこころじゃないんだぁよぉ~
・・・つめた~いこころじゃないんだぁよぉ~
はじめのつめたいこころは、低く。あとのつめたいこころは、ぐっと高く。節回しも確かで、なかなか聴かせる。
・・・いまで~もぉすぅき~さ、しぬほ~ど~に・・・
一拍おいて、またはじまった。2番かと思ったら、さっきと同じ歌詞だった。
おじいさんは、背中が曲り、杖をついている。杖にからだを預けるようにして、揺れながら歌っている。
・・・つめた~いこころじゃないんだぁよぉ~
・・・つめた~いこころじゃないんだぁよぉ~
さっきより、高音部がさらにのびやかになった。
電車が入ってきた。
・・・いまで~もぉすぅき~さ、しぬほ~ど~にぃ~
おじいさんは、静かに歌い終えた。

・・・つめた~いこころじゃないんだぁよぉ~・・・
・・・つめた~いこころじゃないんだぁよぉ~・・・
言い含めるような、泣くようなサビの部分がリフレーンして、切ないような心もちになった。
駅前のさくらは、ふるふるとふるえていた。

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あいするはねむくなること春の猫

破調(5・7・5になっていない句)について漠然と感じていたことを、歌人の荻原裕幸さんが実に明快に語ってくださっていた。川柳の字足らず、字余りも同じことが言えると思う。

きょうも一例あったのだが、字足らずはやめましょう、という便宜的な話をよくする。むろん字足らずそのものが問題なわけではない。ただ、定型に一度ひきよせられてから離れてゆくのと、定型にひきよせられる前に離れたところに着地するのとでは、ことばの質感がまったく違って、後者は、どこか短歌になりきれていない感じが出るようだ。前者は、カルチャーの教室だけではなく、他の場所でもあまり見かけない。(ogihara.com 荻原裕幸)

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人を脱ぎはじめてひとを好きになる

人間を脱いだ誰にも打ち明けず ふでこ
  (月の子忌句会 「脱ぐ」松田俊彦選)

披講を聴きながら、さすがにふでこさんや・・・と感じ入った。
人間を脱いだら「獣」。
私は、まだ「ひと」という皮袋を着ている。
ひとの弱さをさらけだして、やっとひとのあたたかさに直に触れたのだ。

はらはらとさくらを脱ぐ桜の木のように、しずかにするりと人間を脱ぎ落とし、牙をむく美しい獣。またひとり、桜闇に吸い込まれるように消える。

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さよならの匂いをくれし桜もち

桜もちをいただいた。
幼いころは苦手だった、このえも言われぬ匂いこそがおいしさ・・・と、しばらくくんくんして食べた。
お皿に載せるときに、つまんだ指に匂いが移った。親指と人差し指が、ちょっとさみしい匂い。

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背景をかえるとただの水溜り

ご近所でちいさな句会をはじめて、1年がたった。4人だったメンバーも10人を超え、自由で個性的な川柳(=詩)に触れる、刺激的な場になっている。
飲みながら、食べながらの行儀の悪い句会で、句会後そのまま飲み会になり、勢いいろいろ話し込んでしまう。と、個人的な事情や抱えているものも知ることになる。
句会で、句を読んだとき、あ~、これは**さんの句、あのことだろうなぁ・・・などと、句に背景がつき、つい感情移入してしまいそうになる。

川柳の一句と向き合うとき、背景を抜きにして、あくまでもその一句と対峙したい。一句から何を感じるか、読み取れるかを大切にしたい。
そういう意味でも、このようなブログであまりプライベートを語るのはどうかと思っている。l今日のように、いいお酒で飲みすぎた日は、筆がすべるので要注意なのだ。

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